私は人の目をとても気にするタイプです。今もそうです。
ただ、人の目を気にしていたら何もなし遂げられないと気づいた時、考え方がかなり変わりました。
発信を始めた頃、投稿する前に何度も読み返していた。批判が怖かった。実際にコメントが来た時、思ったより平気だった。自分の中で作っていた怪物が、思ったより小さかった。あの拍子抜けが、一つの転換点だった。
久田晃他人はあなたのことを見ていない
少し考えてみてください。あなたは街を歩いていて、転んだ人を見たことがありますか?
見た瞬間は「恥ずかしそうだな」と思うかもしれない。でも5分後、その人のことを覚えていますか?
ほとんどの場合、覚えていないはずです。よっぽど強烈な出来事でない限り、他人の記憶にあなたは残りません。
人の目を気にしても、他人はあなたのことを何も見ていません。
一瞬「恥ずかしそうだな」と思われても、5分後にはあなたの存在は消えています。
私自身もそうです。誰かに見られていても、その人の記憶に私は残らない。
つまり人の目を気にしても、何も起きないのです。
久田晃思われてもいい、それがあなただから
人の目が気になるのは自然なことです。その感覚を変えようとしても、なかなか変えられません。
ならば、思われることを許してしまえばいいのではないでしょうか?
- ● 「あいつ変だな」→ それがあなたでいい
- ● 「あいつダサいな」→ それもあなたでいい
- ● 「あいつ面白いな」→ これもあなたでいい
失敗しようが成功しようが、あなたはあなたです。他人が何を思おうとも、それは変わりません。
人の目を気にして行動できないでいる方が、よっぽど時間と人生を失っています。
- ・他人の目が気になるのは自然。変えようとしなくていい
- ・他人にどう思われても、5分後には忘れられている
- ・思われることを許す。それがあなたであればいい
- ・動けない方が、人生の損失はずっと大きい
今日すぐに動けなくてもいいです。それを攻める必要はありません。
ただ、いつかあなたが何かに挑戦しようとして人の目が気になった時、この話を思い出してもらえればそれで十分です。
人の目を気にする習慣は、子供の頃から刷り込まれるものが多いです。「恥ずかしいことをするな」「失敗したら笑われる」という声を聞き続けると、行動する前に「どう見られるか」を計算する癖がつきます。
その計算を止めることが、行動力を取り戻す最初の一歩です。
他人があなたを見ている時間は、思っているより圧倒的に短い。自分のことを5分以上考え続けてくれる他人は、ほぼいません。みんな自分のことで頭がいっぱいです。この事実を知るだけで、かなり楽になります。
人の目が気になって動けなかった時期が、私にも確実にあります。何かを発信するたびに「どう思われるか」を気にして、下書きのまま消していた投稿が何十本もありました。
でもある時、「自分が気にしている相手は、私のことを5分後には忘れている」と気づいた。その瞬間から、発信への恐怖心が一気に薄れたのを今でも覚えています。
久田晃まとめ
今回は「人の目が気になる」という感覚への向き合い方をお話ししました。
他人はあなたのことを1ミリも見ていない。この事実を受け入れると、少し楽に動けるようになるかもしれない。
完璧にこの感覚を消す必要はありません。ただ、いつかそれが一歩を踏み出す後押しになれば嬉しいです。
他人はあなたのことを5分後には忘れている人の目を気にしても、他人はコントロールできない思われることを許す。
それがあなたでいい動けない方が、人生の損失はずっと大きい人の目より、あなた自身の一歩の方がずっと大事




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