
思考と哲学
与えたのに返ってこないと苦しい人へ。見返りを手放すとなぜ楽になるのか
2026.08.08
私は、トレーナーや営業をやっていた頃から、人に与えるということをずっと大事にしてきました。
もともとは地方の出身で、30歳のときに上京しています。
そのとき決めたのが、これからは自己中心ではなく、人のために動くという生き方でした。
それまでの自分は、正直、自分のことしか考えていなかったという感覚があったからです。
ただ、与えるというのは、最初からうまくできたわけではありませんでした。
どこまで与えるか、どんな距離感でいるか、見返りを求めずにいられるか。
このあたりは、日々少しずつ積み重ねて、やっとここまで来たという感じです。
久田晃与えているのに、なぜ見返りを求めてしまうのか
多くの人がつまずくのは、ここだと思います。
与えているはずなのに、それが見返りを求めている行動になってしまう。
もちろん私も、最初はそうでした。
「これくらいしたのに」「あのとき、あんな対応をしたのに」。
相手が不義理なことをしたときに、こちらがそう感じてしまう。
でも今は、その感覚はほとんどありません。
まったくないと言えば、嘘になるかもしれません。
それでも、以前とは比べものにならないくらい減りました。
理由はシンプルで、与える軸が変わったからです。
自分がそうしたいからする。
そういう人間でありたいからする。
だから、他人がどう動くかは関係ない。
この軸でやっていると、相手の反応に振り回されなくなります。
与えたあとの相手の出方を、こちらが採点しなくなるからです。
「与えた」と決めるのは、受け手のほうだ
先日、お茶会をしました。
無料で、ご飯も食べられて、私にいろいろ質問できる。
そんな場を、3時間も4時間もやるような会です。
その日、来てくれた人たちに私が話しているつもりでした。
でも実際は、私のほうが多くのものを受け取っていたんです。
来てくれること。私に話す機会をくれること。
本当にありがたいな、と素直に思いました。
そこで逆に、来てくれた人たちは意図的に何かを与えていたのか、と考えました。
おそらく、本人たちに与えている感覚はなかったと思います。
ここで、あることに気づきました。
与えるには、3つのパターンがあるということです。
- ● 意図的に与えている
- ● 無意識に与えられている
- ● 意図的にも無意識にも与えていない
ただ、与えてもらったかどうかは、結局受け手がどう感じるかです。
来てくれたことに感謝していれば、受け手は与えてくれたと感じます。
逆に、ただ勉強しに来て終わったと思えば、与えられたとは感じません。
受け手に価値があると感じる姿勢がない限り、与える側としては与えたことにならない。
だから見返りを求めると、よけいに苦しくなります。
「この前あんなに与えたのに、何もしてくれない」と感じてしまうからです。
久田晃無意識に与えられる人になるには
私は、無意識に与えることも、意図的に与えることも、どちらも必要だと思っています。
無意識に与えるというのは、反射的に与えられているということです。
これはとてもいいことで、意識的に与え続けた結果だと思います。
この人がこうしたら嬉しいだろうな。
それを普段から意図的にやっているからこそ、反射でも出るようになる。
だから順番としては、まず意図的にやることです。
そのうえで、無意識でやれることを少しずつ増やしていく。
これが一番いいと、今は感じています。
- ・いきなり大きなものを与えようとしない
- ・楽しさや知識など、小さいものから渡す
- ・相手に何ができるかを、まず意図的に考える
大きなことをやろうとするほど、見返りを求めやすくなります。
だからこそ、小さいことから与えるほうがいいんです。
私自身、こんな経験があります。
県外に住む講師が、久々に会いたいと、自腹で新幹線に乗って会いに来てくれたことがありました。
正直、すごく嬉しかった。
と同時に、自分はもらってばかりだなと気づいたんです。
だからこそ、自分も与える側に回らなければいけないと思いました。
もっと事業を大きく豊かにして、関わってくれる人に返していこうと本気で決めた。
与えるというのは、こういう小さな気づきの積み重ねなんだと思います。
まとめ
今回は、与えることと見返りについてお話ししました。
個人が見返りを手放して与えられるようになると、その人の人間関係はやわらかくなっていきます。
それは恋愛にも、仕事にも、暮らしにも広がっていきます。
一人ひとりが自分らしく生きられる社会をつくる。
その第一歩は、目の前の誰かに小さく与えてみることだと思っています。
あなたは普段、誰かに何かを与えられているでしょうか?
もしまだなら、今日ひとつだけ、小さなことからやってみてはいかがでしょうか?
久田晃見返りを求めて苦しいなら、自分がしたいから、に軸を戻します。
返るかは、考えなくていい。
