
思考と哲学
「救う」と言えなかった理由。私は、あなたに生かされている。
2026.07.14
「救う」という言葉が、ずっと使えませんでした。
使えない理由が、長い間分からなかったんです。
「恋愛で悩む人を救いたい」というのは本当のことです。
でも口に出すと、どこかで引っかかる。
ある日その違和感の正体に気づいて、少し驚いたんです。
久田晃「救う」という言葉が引っかかり続けていた
恋愛コンサルの仕事をしていると、感謝される場面が多くあります。
サポートした人が変わっていく。初めてマッチングできた。
好きな人ができたと報告が来る。そういう瞬間はやっぱり嬉しい。
でも「救う」という言葉だけは、喉のあたりで詰まる感覚がありました。
「俺が誰かを救っている」という感覚が、どうも馴染まなかった。
最初は謙虚さのせいだと思っていました。
でも違いました。
ふとこんなことを考えました。
恋愛で悩む人がいなければ、私の仕事は存在しない。
当たり前のことのようで、その意味の深さに気づいたのは最近のことです。
逆なんです。私が、生かされている側だった
悩んでいる人がいるから、私はこの仕事ができています。
相談が来るから、考え続けられます。
サポートした人が変わっていくから、私自身も変わり続けられます。
「救われているのは私の方ではないか」という気づきが、静かに降りてきました。
「救う」という言葉が馴染まなかった理由は、きっとここにあったんだと思います。
どこかで感じていたんでしょう。
自分が誰かを上から救っているのではなく、悩んでいる人に生かしてもらっているという感覚を。
これは恋愛コンサルという仕事に限らないかもしれません。
医者は病気の人がいるから医者でいられる。
教師は知らない人がいるから教師でいられる。
「助ける」という行為は、実は助けられている行為でもある。
久田晃以前は感謝されることが仕事の手応えでした。
でも今は、相談してきてくれること自体に感謝の気持ちが生まれています。
「来てくれてよかった」ではなく、「来てくれてありがとう」に変わった感じです。
そう気づいてから、相談者への感覚が少し変わりました。
「救う」という言葉を手放したら、もっと大事なことが見えてきた気がしています。
まとめ
今回は、「救う」という言葉が使えなかった理由についてお話ししました。
誰かの悩みがある場所に、誰かの仕事が生まれます。
UKERUが「恋愛で悩む人を助けたい」という思いで動いているのは本当のことです。
でも同時に、悩んでいる人がいるからこそ私たちが存在できているという事実も本当のことです。
「生かされている」と感じることは、決して弱さではないと思っています。
あなたが悩んでいることが、誰かにとっての意味になっています。
そしてあなたの成長が、またその誰かを動かしていきます。
私が20代の頃、自分に自信がなく満足できない人生を歩んでいたことは以前にも書きました。
そんな私がいまこうして、誰かの人生の一部に関われているということが、どれほど奇跡的なことか。
それを教えてくれたのは、悩みを持ってきてくれたすべての人たちだと思っています。
久田晃相談が来るから考え続けられ、助ける行為は助けられている行為でもあります。私はあなたに生かされている