先日、SNSを眺めていたときのことです。あるお店の経営者の投稿が目に入りました。
その内容は、自分の店に来た「悪質なお客様」の顔写真を、そのまま公開しているというものでした。
しかも、その方が本当に悪質な行為をしたかどうかは確定していない。店側が「疑わしい」と断定しているだけで、決定的な証拠があるわけではないという状況だったんです。
これを見たとき、私の中にふたつの思いが浮かびました。今日はそのことについて、少し書いてみたいと思います。
久田晃顔写真をSNSに晒すということの重さ
まず最初に感じたこと。
それは、いかなる場合であっても、一般の方の顔つき写真をSNSに公開するという行為は、非常に危険で良くないことだということです。
たとえそのお客様が実際に何かをしていたとしても、写真がSNSに上がった瞬間、それは拡散されていきます。
一度広まった情報は消えません。その人の人生に、取り返しのつかない影響を与える可能性がある。
それだけの重みがあるということを、私たちはもっと自覚すべきなのだ。
たった一枚の写真が、その人の人生を変えてしまうかもしれない。
その覚悟を持って投稿しているのか、一度立ち止まって考えてほしいと思います。
悪質なお客様がいたことを注意喚起するのは、わかります。文面で事実を伝えるだけなら、まだ理解できる部分もあるかもしれない。
でも、そこに顔写真が加わると、意味がまったく変わってくるのではないかと思うんです。注意喚起ではなく、晒しになってしまう。
そしてその晒しによって、企業側にプラスになることは、私はひとつもないと思っています。
その怒りの裏側にあるもの
そしてもうひとつ感じたのは、こういった行動をとる経営者の内側にあるものについてです。
おそらくですが、写真を公開した方にも、相当な怒りや悲しみ、葛藤があったのである。
大切に運営しているお店を荒らされたような気持ちだったのかもしれない。
その感情自体は、否定するものではないと思います。悔しかったのだろうし、許せなかったのだろうと。
ただ、感情に任せて行動してしまうことと、感情を受け止めたうえで判断することは、まったく別の話だと思うんです。
- ● 良くないことだとわかっていて、感情に負けてやってしまったケース
- ● そもそも良くないことだと認識すらしていないケース
どちらのケースだったとしても、経営者としての姿勢やマインドとして、あまり良い状態ではないのである。
特に後者の場合、つまり「これが問題だと思っていない」場合は、根本的な考え方を見直す必要があるのだ。
久田晃相手にも人生がある、という当たり前のこと
私がもうひとつ大切だと思うのは、悪質な行動をした人にも、人生があり、背景があるということです。
もちろん、悪いことをしたならそれは良くないことです。それは間違いありません。
でも、その行動の裏には何があったのか?日常でイライラが溜まっていたのかもしれない。
仕事で辛いことがあって、つい感情的になってしまったのかもしれない。
それは些細なきっかけだったかもしれない。でも、その一つの行動を切り取って顔写真とともにSNSに公開することは、その人の個人としてのプライバシーも、尊厳も、すべて無視してしまう行為だと思うんです。
人は誰でも過ちを犯すことがある。
その過ちに対して、私たちがどう向き合うかが問われているのだ。
私自身、UKERUのバリューのひとつとして「他者の失敗も過去も受け入れる」ということを掲げています。
これは甘やかすという意味ではありません。相手の行動を正しながらも、その人の存在自体は否定しないということである。
顔写真を晒すという行為は、行動ではなく存在を否定することに近い。
だからこそ、どんなに悔しくても、そこだけは踏み越えてはいけないラインだと思うんです。
- ・怒りを感じたとき、その感情をまず受け止める
- ・行動に移す前に「これは本当にプラスになるか」を問いかける
- ・相手にも背景があることを忘れない
- ・注意喚起と晒しの境界線を意識する
まとめ
今回は、SNSで見かけた投稿をきっかけに、顔写真を公開するということの重さと、経営者としての向き合い方についてお話ししました。
私たちUKERUは「なりたい自分になれる社会をつくる」というビジョンを掲げています。
それは、誰もが過去の失敗や一度の過ちによって人生を壊されることなく、やり直せる社会でもあると思っています。
感情に任せて誰かを晒すのではなく、怒りや悲しみを受け止めたうえで、冷静に判断できる人でありたい。
経営者として、ひとりの人間として、そういう姿勢をこれからも大切にしていきたいと思っています。
あなたも、もし怒りや悔しさで衝動的に何かをしそうになったとき、一度立ち止まってみてはいかがでしょうか?
その一歩が、自分自身を守ることにもつながるのである。
私自身、外部の方との契約で報酬増額を求められたとき、最初は「いいですよ」と言いそうになりました。でも一瞬で判断を切り替えました。
「経営において個人の感情や承認欲求を挟んではいけない」という気づきがそこにありました。
いい人だと思われたいという感情が判断を曇らせていた。感情と判断を切り離す設計を持つことが、その後の自分の基準になりました。
久田晃行動を正すことと、存在を否定することは違うと思います。
怒りは冷静に受け止める




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