
思考と哲学
ルッキズムは悪じゃない。外見は内面が表れた結果だと私が思う理由
投稿 2026.08.20 05:14
先日、SNSを見ていて、ある記事に目がとまりました。
テーマは「ルッキズム」についてです。
見た目にこだわりすぎる人が増えている、という内容でした。
UKERU合同会社は恋愛の事業をメインにしています。
だから外見というのは、切っても切れない要素なのです。
今日は、このルッキズムについて私が思うことをお話しします。
久田晃ルッキズムが加速した3つの理由
その記事では、ルッキズムが加速した理由が語られていました。
私なりに整理すると、大きく3つあると思います。
- ● コメント欄が変わり、遠回しに人を傷つけるようになった
- ● スクロールした一瞬で評価される世界になった
- ● 中身より先に、写真で判断される機会が増えた
昔のインターネットは、もっと直接的に悪口が飛んでいました。
今はバンされたり、言った側が悪者にされたりします。
だから直接ではなく、遠回しに人を傷つけるようになりました。
それが外見に向くと、じわじわと深く刺さってしまうのです。
2つ目は、一瞬で評価される世界になったことです。
TikTokやインスタは、見た目が良い人ほど長く見られます。
するとアルゴリズム的に有利になり、さらに多くの目に触れます。
そして見ている側は、それが普通の基準になってしまうのです。
画面の中を見すぎると、近くにいる人まで外見が悪く見えてくる。
これは他人事ではなく、自分自身にも起きていることだと思います。
それでも私は、ルッキズムを悪いとは思わない
ここまで読むと、ルッキズムは悪だと感じるかもしれません。
でも私は、ルッキズムそのものは悪くないと思っています。
なぜなら、外見は内面が表に出た結果でもあるからです。
人は見た目で判断するな、とよく言われます。
けれど実際は、ある程度その人は見た目に出ていると思います。
外見は、その人の価値観や生き方が、にじみ出た一つの自己表現ではないでしょうか?
外見だけで人を判断するな、という声もよく聞きます。
特に、30代から上の世代に、その声は強い気がします。
その方たちが若かった頃は、外見以外で人を見る時代でした。
でも今は、良くも悪くも外見でかなり判断される時代です。
逆に言えば、外見を極めれば有利に立てる、とも言えます。
外見が良ければ、生きやすい時代であるのは間違いありません。
外見は、非常に大きな武器になります。
良ければ良いほどいい、というのも正直な本音です。
外見を整えることは、自分をアップデートする材料にもなります。
久田晃大事なのは「どちらか」ではなく「どちらも」
問題なのは、ルッキズムそのものではないと思います。
それが過剰になったときに、人生の方向性が狂ってしまうのです。
美容や整形など、外見を整える手段は今たくさんあります。
それ自体は悪いことではありません。
ただ、依存しすぎると、ありのままの自分が消えてしまいます。
逆に、外見だけで人を判断するのも、もったいないと思います。
- ・外見は磨く。ただし依存はしない
- ・外見だけで、人も自分も決めつけない
- ・内面を、外見と同じくらい育てていく
私は仕事柄、外見の改善をお伝えすることもあります。
でも、外見だけ整えても、自信や中身が伴わなければ続きません。
見た目が変わって、内面も追いついた人ほど、長く変わっていきます。
だからこそ、外見も内面も両方だと、私は伝え続けています。
久田晃まとめ
今回は、ルッキズムについて私が思うことをお話ししました。
外見は、その人の内面が表に出た一つの結果でもあります。
だから磨くこと自体は、決して悪いことではありません。
大切なのは、外見か内面かと、どちらかに偏らないことです。
自分らしく生きられる人を、一人でも増やしたいと思っています。
外見も内面も育てた先に、なりたい自分があるのではないでしょうか?
あなたも、どちらか一方に偏っていないか、見つめ直してみませんか?
外見は内面の表れで、悪いのは過剰になり自分を見失うことです。
外見も内面も、自分の一部です
