批判されること。これは誰にとっても、やっぱりしんどいものである。
私自身も、批判に直面したときは打ちひしがれます。YouTubeに批判的なコメントがついたとき、SNSで否定的な言葉を見たとき、目の前にいる誰かから厳しいことを言われたとき。
正直に言えば、心が揺れない日なんてありません。それでも、今の私はこう思っています。
批判されるということは、実はいいことだらけなのではないかと。
久田晃批判される=突き抜けた言動をしている証拠
批判されるということは、それだけ突き抜けた言動をしているとも捉えられます。
誰の目にも留まらないような行動をしていたら、そもそも批判すらされません。
さらに言えば、批判というのは「自分の言動を、こういうふうに捉える人がいるんだ」という新しい視点を自分に入れてくれるものでもあります。
批判してくれる人は、少なくとも自分のことをものすごく見てくれているということなのだ。
無関心よりも、よほどありがたいことだと思うんです。
- ● 突き抜けた言動をしている証拠になる
- ● 自分にはなかった新しい視点が手に入る
- ● 自分のことをしっかり見てくれている人がいる
もちろん、批判されたことに対してどう行動するかは、また別の話です。受け止め方や次のアクションは自分で決めるものである。
→ 限界の中でやる話
ただ、批判されたこと自体を悪いことだと思わない方がいいのだ。
何か大きなことをやっていたら、何か行動していたら、批判されることなんて当たり前なんです。
全員から好かれることはない。だからこそ自分を全開にする
100人いたら、100人の捉え方があります。その中で批判的に考える人がいるのは、ごく自然なことなのだ。
世の中にはポジティブな人もいれば、ネガティブな人もいます。
自分が100%いいことだと思ってやっていても、ある人から見たらそれは批判の対象かもしれない。
そこを気にしていたら、きりがないんです。結局のところ、全員から気に入られることは、人生においてありえないのである。
自分を全開に出して批判された方が、自分のためにもなる。
そして結果的に、批判が批判に聞こえなくなる。
これは、自分を隠して生きていた頃の私には想像もできなかったことです。
でも、自分を出し切って生きるようになってから、本当にそう感じるようになりました。
では、この話の本質は何かというと、批判されるくらい自分の好き勝手に、自分のやりたいことをやれということである。
自分のことを100%やっていると、それに対してネガティブなことを言う人間は必ず現れてきます。それは避けられないことです。
逆に、誰もが「ふーん」と思うようなことしかしていないというのは、大したことをやっていないということなのだ。
批判されないということは、誰からも恐れられず、誰の記憶にも残りづらいことをしているとも言えます。
それは本当にあなたが望んでいる生き方でしょうか?
- ・批判を恐れるのではなく、批判される自分を誇りに思う
- ・全員に好かれようとする生き方を手放す
- ・信念を持って、自分を全開にして生きる
めちゃくちゃ批判されるくらいの自分を出してほしいと思います。信念を持って、堂々と生きてほしいと思います。
久田晃まとめ
今回は、批判されることの重要性についてお話ししました。
批判は怖いもの、避けたいものだと思われがちですが、実はそこにこそ成長のヒントがあるのである。
私たちUKERUが目指しているのは、「なりたい自分になれる社会をつくる」ことです。
なりたい自分になるためには、誰かの目を気にして自分を抑え込むのではなく、自分を全開にして生きることが必要だと考えています。
批判されることを恐れて動けなくなるのは、もったいないことである。
これからも私自身、批判を受け止めながら、挑戦を辞めずに進んでいきたいと思っています。
あなたも、誰かの評価を気にして自分を閉じ込めていないか、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか?
私自身、営業という仕事に就いたとき、初めて「人に感謝される喜び」を知りました。トレーナーや理学療法士など専門職を経てたどり着いた場所でしたが、その体験が「営業は天職だ」という確信につながり、その後のすべての活動の基礎になったと感じています。
喜びを知った瞬間に、向かう方向が定まることがあります。
久田晃批判される=突き抜けた行動をしている証拠批判は新しい視点をくれる贈り物全員から好かれる人生はありえな
い批判されないのは記憶に残らない生き方信念を持って、自分を全開にして生きよう。




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