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理学療法士から異業種転職して8年|失ったものと得たものを話します

思考と哲学

理学療法士から異業種転職して8年|失ったものと得たものを話します

投稿 2026.09.19 06:58

親に勧められて入った仕事を、自分で選んだ仕事だと言えるでしょうか?

私は理学療法士として働きながら、ずっとそこがもやもやしていました。

仕事そのものは、今でもいい仕事だったと思っています。

ただ、根本のところで自分が選んだ仕事ではないという感覚が消えなかったのです。

今回は、理学療法士から異業種転職をした私の実体験をお話しします。

久田晃久田晃
親に勧められて入った仕事を、3年目になってようやく自分の意思で選び直したんですよね
久田晃

この記事を書いた人

久田 晃

ひさだ あきら

UKERU合同会社 代表

1988年生、38歳。UKERU合同会社 代表。

医療従事者・パーソナルトレーナー・営業を経て2024年3月に創業。

自己改革と後世にスキルを伝承するために2年間の徹底した実践で恋愛とコミュニケーションを鍛える。

個人の変化が少子高齢化の本質的な改善につながると信じ、サービス開発と発信を続けている。

目次

理学療法士から異業種転職して思うのは、自分で選んだかどうかだけ

理学療法士を3年やって辞めた私の結論は、その選択が失敗でも成功でも、自分で選んだかどうかが一番大きいということです。

私は理学療法士からパーソナルトレーナーに転職しました。

理学療法士というのは、病院や整形外科などの機関でリハビリをする仕事です。

地に足がついた仕事だと、一般的には言われる職種だと思います。

それでも私は、3年目でパーソナルトレーナーになりたいと強く思いました。

結果として、理学療法士の経験はトレーナーの現場でそのまま活きました。

人生に無駄なことはないと思わせてくれる、大きなきっかけでもありました。

辞めた後悔はなく、辞めなかった後悔だけが想像できる

理学療法士を辞めた後悔は、正直に言って一切ありません。

むしろ、もし辞めていなかったらと考えると、そちらのほうが怖いのです。

とてつもなくつまらない人生になっていたと思います。

これは理学療法士という仕事を否定しているわけではありません。

自分自身に対しての苛立ちと葛藤を抱えたまま、もやもやした時間を過ごしていただろう、ということです。

その仕事が良いか悪いかではなく、自分で選んだかどうかの話なのだと思います。

だから私は、選んだ結果よりも選んだという行為のほうを大事にしています。

年収の話も同じで、当時の私の総合力に対しては妥当な数字だったと今は受け入れています。

きっかけはYouTubeで見た一本の動画でした

転職を決めた瞬間のことは、今でもはっきり覚えています。

当時の私は筋トレに物凄くはまっていて、そこに全てをかけているような状態でした。

理学療法士3年目の頃です。

もっと他にいい仕事がないだろうか、と考えていた時期でもありました。

そんなときにYouTubeを眺めていて、たまたま一本の動画が目に入りました。

トレーナーさんが、一般の方にトレーニングを教えている動画です。

体つきを変えたい人の横について、フォームを直しながら声をかけていました。

それを見た瞬間に、これだ、とひらめいたのです。

探して見つけたわけではなく、思いついた、という感覚のほうが近いと思います。

パーソナルトレーナーという選択肢が、そこで初めて自分の中に現れました。

今から8年ほど前の話です。

当時はパーソナルトレーナーという仕事自体が、今よりずっと珍しいものでした。

だからこそ、不安がなかったわけではありません。

ここでは、当時の私が挙げた3つの不安をそのままお話しします。

  • この仕事の将来が見えない
  • 給料面がまったく読めない
  • 異業種で価値を出せるのか

1この仕事の将来が見えないという不安

できて間もない仕事だったので、先がどうなるのか分かりませんでした。

理学療法士はずっとある仕事なので、定年まで勤めた人が世の中にいます

けれどパーソナルトレーナーには、その姿がまだ一人もいませんでした。

ずっと現場に出続けるわけでもないだろう、というのもなんとなく感じていました。

4、50歳になっても現場に立てるのは、ごく一部の方だと思います。

2給料面がまったく読めないという不安

パーソナルトレーナーの給料がどういう仕組みなのか、当時の私は知りませんでした。

理学療法士は固定給で、正社員と同じような報酬の形です。

私は病院に勤めていたので、給料が大幅に上がることはありません。

その代わりに、下がることもほとんどないという強みがありました。

どんな時でも一定の収入がある。

ここは少し不安でしたが、正直ほとんど考えていませんでした。

努力すれば何とかなるだろう、という勢いがもともとあったのだと思います。

当時は若かったので、その勢いも味方していたのかもしれません。

3異業種で価値を出せるのかという不安

自分の経験を活かしつつ、本当に価値提供ができるのか。

正直に言うと、この3つ目は私にとってはほとんどありませんでした。

それでもここに挙げたのは、多くの方がこの一点で悩んでしまうからです。

果たしてその業界でやっていけるのか、という不安はよく分かります。

ただ、本当にやりたいことには不安すら追いつかないのだとも思います。

やりたいという気持ちのほうが勝ってしまうからです。

振り返ると、葛藤はほとんど残っていませんでした

今回このブログを書くにあたって、当時どんな葛藤があったかを思い出そうとしました。

ところが、振り返ってもほとんど出てこないのです。

3つの不安を並べはしましたが、実際にはどれも大きく悩んだ記憶がありません。

久田晃久田晃
不安を3つ挙げてはみたんですけど、正直どれもほとんど本気で考えてなかったんですよね

私の職歴は、理学療法士を3年、パーソナルトレーナーを6年、営業を2年という並びです。

専門職を渡り歩いて、最終的に営業にたどり着きました。

その時々で不安がなかったと言えば嘘になります。

ただ、動く前に一番大きかったのは不安ではなく、やりたいという気持ちのほうでした。

渡り歩いた先々で得たものが、今の自分をつくっています。

リハビリの現場で体を見てきた経験は、トレーナーになった初日から役に立ちました。

トレーナーで人と向き合った経験は、営業に移ってからそのまま使えました。

どれも捨てた経験にはなっていないのです。

安定を手放すのは怖い。

それでも、渡り歩いた先で得たものが今の自分をつくっています。

だから私は、失ったものより得たもののほうが多かったと言い切れます。

失ったのは、下がらない給料と、先が見える安心感でした。

得たのは、自分で選んだという実感と、後から効いてくる経験の積み重ねです。

同じ場面で迷っている方に、答えを押し付けるつもりはありません。

あなたなら、どうしますか?

まとめ

今回は、理学療法士から異業種転職をした私の実体験についてお話ししました。

親に勧められて入った仕事を、3年目で自分の意思で選び直した話です。

私たちが本当に手放しているのは、給料や肩書きではないのかもしれません。

手放しているのは、自分で選ばないまま過ごしていく時間のほうだと思います。

UKERUが掲げている「なりたい自分になれる社会をつくる」というビジョンも、ここに繋がっています。

自分のやりたいこと、自分が得意なことを活かして世の中に貢献する。

これほど素晴らしいことは、私はないと思っております。

あなたも、いま手元にある選択肢を一度だけ疑ってみてはいかがでしょうか?

久田晃久田晃
その選択が失敗でも成功でも、自分で選んだという事実が一番長く残るんじゃないかなと

自分で選んだという事実が、いちばん長く自分に残ります。

いつでも選び直せます

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