CORPORATE SITE
← 記事一覧へ戻る
信号が勝手に赤になったのが悪い。自分中心に生きるという視点の話

思考と哲学

信号が勝手に赤になったのが悪い。自分中心に生きるという視点の話

投稿 2026.09.24 06:44

先日、SNSでとても興味深い投稿を見ました。

おそらく何かのアニメだったと思うのですが、そこはあまり覚えていません。

覚えているのは、女性が赤信号を渡っている場面です。

車に乗っていた人たちが、お前危ねえぞ、赤信号だぞと声をかけます。

そこで女性は、なんと答えたと思いますか?

信号が勝手に赤になったのが悪い、と言ったんです。

この一言に、私はハッとさせられました。

久田晃久田晃
たった一言なんですけど、マジで自由だなって思ったんですよね。ここまで振り切れるのかって
久田晃

この記事を書いた人

久田 晃

ひさだ あきら

UKERU合同会社 代表

1988年生、38歳。UKERU合同会社 代表。

医療従事者・パーソナルトレーナー・営業を経て2024年3月に創業。

自己改革と後世にスキルを伝承するために2年間の徹底した実践で恋愛とコミュニケーションを鍛える。

個人の変化が少子高齢化の本質的な改善につながると信じ、サービス開発と発信を続けている。

目次

自分中心に生きていい、と思わせてくれた一言

人の目を気にして20代を過ごしてきた私がこの場面から受け取ったのは、自分中心に生きていいということでした。

これは、赤信号を渡っていいという意味ではありません。

物事の中心に自分を置いていい、という話です。

同じ出来事を見ても、どこに立って見るかで、意味はまるで変わります。

この視点の置き場所が、日々の生きやすさをかなり左右していると思っています。

同じ場面なのに、見え方が正反対になる

普通に考えれば、赤信号を渡っているのは自分のほうです。

だから、渡ってしまっている自分が良くないな、という認識になります。

ところが彼女は、信号が勝手に赤になったのが悪いと言いました。

同じ場面なのに、立っている位置が完全に逆です。

これを抽象的に言うと、こういうことだと思います。

自分が中心にあるのか、それとも自分の外が中心にあるのか。

勝手に赤になったのが悪いという言い方は、自分の世界が先にあって、外の出来事が後から付いてくるという順番です。

私たちの多くは、その逆で生きています。

外で起きたことが先にあって、自分の気分が後から決まります。

外の出来事に自分の機嫌を預けていると、一日の気分が他人任せになります。

今日がいい日だったかどうかを、他人と偶然が決めてしまうということです。

彼女の言い方は、その預け方を根っこから断ち切っていました。

だから私は、あの一言にハッとしたのだと思います。

出来事は変えられません。

それでも、どこから見るかは自分で選べます。

自己中心的であることと、自己中であることは違います

誤解のないように言うと、人を思いやるなという意味ではありません。

自己中になれと言いたいわけでもないです。

勝手に赤になったのが悪いという言い分は、ある意味では自己中でもあります。

それでも私は、あの場面を見て、この人が自己中だとは一切思いませんでした。

どちらかというと、自分の世界が中心にあって、自分のしたいことをしている姿そのものでした。

誰かを踏みつけて自分を優先しているのとは、まったく別のものです。

人の顔色で自分の行動を決めていないだけなんですね。

自分中心という言葉には、どうしても悪いイメージが付いています。

わがままだとか、周りが見えていないとか、そういう受け取られ方をします。

ただ、私が言いたいのはその意味ではありません。

自分がどうしたいかを、他人の目より先に置くというだけの話です。

そこが決まっている人ほど、結果的に人にも優しくできると思っています。

だからこの一言は、なぜか私にとってとても響く場面になりました。

私も、人の目ばかり見て動けなくなっていました

私自身、周りを気にしすぎて動けなくなる時期が長くありました。

どう見られるかを先に考えて、やりたいことを後ろに置いてしまうんです。

それを一度断ち切ろうとして、私はある小さな決め事をしたことがあります。

今週中に一回だけ外に出る、と自分の中で決めました。

そして普段の私なら絶対にやらないことを1つやりました。

店員さんに、自分から笑顔で挨拶をしたんです。

たったそれだけのことで、口を開く前に心臓がうるさかったのを覚えています。

うまくできたかと言われれば、正直そうでもありません。

それでも、変わったのはそこからでした。

大事だったのは、うまくやることではなく一回やったという事実のほうです。

人の目を中心に置いていたら、あの一回は永遠に来ませんでした。

あのとき私を止めていたのは、店員さんではなく私の頭の中にある視線でした。

見られていると思っていたのは、たいてい自分の思い込みだったんですね。

実際には、誰もそこまで私のことを見ていませんでした。

自分を中心に置いた瞬間だけ、人は動けるのだと思います。

久田晃久田晃
あの挨拶、今思い出してもヤバいくらい緊張してました。それでも一回やれたのが全部でしたね

人の目を気にしすぎる人ほど、一度自分を中心に置いてみたほうがいいと思っています。

自分に起きた出来事を、もっとポジティブに捉えていいということでもあります。

まとめ

今回は、信号が勝手に赤になったのが悪いという一言から考えたことをお話ししました。

周りを気にしすぎる方は、本当に多いと感じています。

気を遣えることは長所ですが、そのせいで動けなくなるのはもったいないです。

気を遣うことと、顔色をうかがうことは、似ているようで別物だと思います。

私たちが目指しているのは、なりたい自分になれる社会をつくることです。

そのためには、まず自分の人生の中心に自分を戻す必要があると思っています。

もし今、人のことを気にしすぎているなら、一度だけ自己中心的になってみてはいかがでしょうか?

久田晃久田晃
今日1日だけでいいので、自分がどうしたいかを先に決めてみてほしいんですよね、ほんとに

出来事は変えられなくても、どこから見るかは選べます。

中心に自分を戻す

← 記事一覧へ戻る

全記事一覧 プライバシーポリシー

© 2026 UKERU合同会社
All Rights Reserved.