先日、ありがたいことにご質問をいただきました。
その方は、謙虚であることに違和感を感じているそうです。
なぜかというと、謙虚であることは自分を下げて見せることでもあるので、
それが自信がないように見える、卑下のように見えると。
自分を下げすぎているのではないか、というご質問でした。
これは非常によくわかります。
でも、謙虚と卑下は全く別物です。
久田晃謙虚とは自信の表れ。卑下とは根本的な自信のなさ
謙虚であるということは、実は自信のある証拠でもあります。
口先で自分を大きく見せる必要がない。
自分をその場に合わせて下げることで相手と関係を構築したり、
相手が話しやすくするためにするものです。
謙虚というのは、自信がなければできないことでもあります。
根本的な自信はあっていい。
自信があるからこそ、押しつけずに謙虚でいられる。
これが謙虚の本質である。
一方で、卑下というのは違います。
普段の自分やマインド、自分との向き合い方そのものに対して、
マイナスのレッテルを貼り、根本的に自信がない状態です。
謙虚とは大きな差があるんです。
久田晃自信があるように見えないのは、あなたのせいじゃない
謙虚というのは、自信があるからこそできることです。
自信がなく仮面を被っているような状態では、なかなかできないかもしれない。
もしそれで悩んでいる方がいたら、知ってほしいことがあります。
あなたが自信がないように見えるのは、あなた自身の問題ではありません。
本当は自信はある。
ただ、自分との向き合い方が少しずれているだけです。
向き合い方が変われば、自信は自然と表に出てきます。
そして、もしあなたが謙虚な人間であれば、それを崩す必要はありません。
時には冗談で謙虚でない対応をすることもあるでしょう。
それは環境によって変えていい。
でも、あなたの心はいつでも変わらないんです。
自信があるかどうかは、外から見ただけではわかりません。
謙虚な人が自信があるように見えないのは、その自信を外に押し出していないからです。
でも内側には確かにある。
まとめ
今回は謙虚と卑下の違いについて話しました。
「なりたい自分になれる社会をつくる」というビジョンのもと、
私が大切にしているのは根本の自信を持ちながら、謙虚に接し続けることです。
自信があっても、それを押しつけない。
相手の話しやすい空気を作るために、自分をその場に合わせていく。
それが謙虚であることの本当の意味である。
自分を引け目に感じる必要はありません。
あなたが謙虚でいられるのは、あなたに自信があるからです。
以前、あるチャンスを「自分にはまだ早い」と断ったことがある。後から聞いたら、あの機会は二度と来なかった。謙虚のつもりが、ただの自己防衛だった。あの時の自分を、今の私が見たら少し怒ると思う。
久田晃謙虚は自信から生まれ、卑下は自信のなさから来る。
心の自信はいつもそこに。




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