
経営と事業
挑戦を笑う人と称える人。その差は能力ではなく、立っている場所だ
2026.08.09
最近、とある記事を読んで、少し感銘を受けたことがあります。
大きな事業を動かしていた会社の代表が、ほとんどの事業を撤退すると発表していました。
その文章が、とても賢明で、とても誠実だったんです。
撤退という言葉を使いながら、会社経営にも事業にも前を向いている。そう感じました。
でも、そこに付いていたコメントを見て、私はもう一つ違うことを考えました。
久田晃同じ出来事が、人によって正反対に見える
世間のコメントは、やはり批判的なものが多かったです。
「潰れると思っていた」「上手くいくわけがない」「そんなもの流行らない」。
これは一般の人からの視点だと思います。
正直に言うと、人を馬鹿にするのは簡単ですからね。
ただ、経営者や、その人より先を歩いている人たちのコメントは違いました。
失敗そのものを評価していたり、大きなことに挑んで前を向いている姿を評価していたんです。
同じ撤退という出来事が、見る人によって正反対に映る。
これは、自分が今どのステージに立っているかで、世界の見え方が変わるということだと思います。
出来事は一つ。
それをどう見るかは、見る側がどこに立っているかで決まる。
批判する人の中で、何が起きているのか
では、なぜ人は頑張っている人を批判してしまうのでしょうか?
私なりに考えると、いくつかの層がある気がします。
一つは、自分の人生に満足できていないということ。
もう一つは、物事を一方向からしか見られないということ。
そしてシンプルに、人間性の部分もあるのかなと思います。
人が頑張っているものに対して、本当は応援することもできるはずなんです。
それなのに批判を選んでしまう。
それは、ネット上でしか強い言葉を言えないという状態なのかもしれません。
- ● 自分の人生に満足できていない
- ● 物事を一方向からしか見られない
- ● 応援できる場面で、批判を選んでしまう
私はネットで何かを評価したり、コメントすることはほとんどありません。
もし自分が言う立場なら、わざわざマイナスのことを言う人間にはなりたくないんです。
どうせ言うなら、プラスのことを言ったほうがいい。
そのほうが、相手にとっても自分にとってもいいと思っています。
久田晃撤退には、もう一つの本質があった
その事業が撤退した理由も、私は少し考えてみました。
分析する立場ではないのですが、一つ思ったことがあります。
日本で流行るものと、海外で流行るものは違うのではないでしょうか?
海外で流行ったからといって、日本で流行るとは限りません。
文化が違いますし、考え方も根本的に違うんですよね。
文化に合わないことは、どんなに良い商品でも受け入れられにくい。
これは挑戦が悪かったという話ではないと思います。
むしろ、挑んだからこそ見えた現実なのではないでしょうか?
- ・人の挑戦を、批判ではなく構造で見てみる
- ・コメントするなら、プラスの一言を選ぶ
- ・自分が挑戦する側に回ったとき、何を言われたいか考える
私自身、UKERUという説明しにくい事業を始めたとき、似た経験をしました。
「それで本当に食べていけるのか」と、何度も疑問の目で見られました。
正直、その視線がこたえた時期もあります。
でも今回の撤退の文章を読んで、前を向いて挑んだ事実そのものに救われた気がしたんです。
結果がどうであれ、挑んだ人の言葉には誠実さが残ると感じました。
まとめ
今回は、人の挑戦をどう見るか、という話をしました。
私たちが目指しているのは、なりたい自分になれる社会です。
誰かが本当の自分で挑戦できる社会は、挑戦を笑わずに受け入れる人がいてこそ育ちます。
挑戦を称える視点は、めぐりめぐって自分が挑むときの居場所にもなるのではないでしょうか?
あなたも何かに挑戦したとき、応援されたいですか?それとも批判されたいですか?
久田晃挑戦を笑うか称えるかは能力でなく、立っている場所の差です。
プラスの一言を選びたい。
