少子高齢化が進む中で、国としては「子どもを産んでほしい」と強く願う形で、さまざまな少子化対策を打ち出していますよね。
でも正直なところ、「○○してくれ」と言われて「分かりました、します」と素直に動く人は、ほとんどいないと思っています。 そんな社会設計は、現実的じゃない。
なぜなら、それは結局「人をコントロールしようとしている状態」になりやすいからです。 人が動くときって、命令されたからではなく、外的な圧力があるか、もしくは内側から「やりたい」「必要だ」と思える理由が生まれたときです。
たとえば、子どもに「勉強しなさい」と言って「分かりました、やります」となるケースって、少ないですよね。勉強する子は、自分の中に意味を見つけていたり、目的を持っていたり、あるいは何らかの環境が整っていることが多い。
もちろん、いわゆる“いい子”タイプで、言われた通りに動ける子もいますが、それは少数派です。
ちなみに私は、「勉強しろ」と言われて勉強した記憶はほとんどありません。 どちらかというと、やってる“ふり”をしてやり過ごしていた側です。
昔も今も、根っこの部分は変わっていなくて、私は「強制されて動く」のがとにかく苦手です。 今は「必要か必要じゃないか」という判断軸で動くようになりましたが、それでも“誰かに言われたからやる”というのは、得意ではありません。
だからこそ思うんです。少子化対策も同じで、「産んでください」とお願いしても、基本的には人は動かない。
動くとしたら、「産みやすい」と思える環境があるとか、「子どもっていいな」と自然に思える空気があるとか、そういう“内側の納得”を生む要素が必要なんだと。
一言でいうと、これは私は「教育」と「環境」の問題である。
久田晃出会いが減ると、結婚も減りやすい
環境の話でいえば、昔は職場恋愛や、職場で出会って結婚して、子どもを授かった、という流れが今よりも起きやすかったと思います。
ところがコロナ禍をきっかけにリモートワークが普及して、職場でリアルに顔を合わせる機会が減りました。
もちろん、リモートになったことで自由度が上がり、「自分が会いたい人に会えるようになった」人もいるはずです。
ただ一方で、自然に発生していたはずの出会いは、確実に減ったのではないかとも感じています。
ここは断定ではなく推測ですが、「出会いの母数」が減れば、結婚まで進む人が減る方向に作用するのは、構造としてあり得る話です。
人が動くのは、分かりやすいメリットがあるとき
今も「何人目の子どもなら支給が増える」など、いろいろ制度はあります。
ただ、正直な感覚として、あの程度のメリットでは人は大きく動かないのではないか、と感じることがあります。
極端な例ですが、「子どもを産んだら1億円もらえる」くらい、分かりやすくて圧倒的なインセンティブがあるなら、意思決定のハードルは一気に下がると思うんですよね。
もちろん現実的に難しいのは分かっています。
ただ、言いたいのは「お願いベースの施策」よりも、「産む・育てることのリターンが明確に大きい設計」の方が、よほど人間の行動原理に合っているということです。
久田晃じゃあ、私らにできることは何か
国の政策は簡単に変えられません。 でも、民間として、現場としてできることはあると思っています。
私がやるべきことは、シンプルにこの2つです。
✓ 出会いを作ること
✓ その後につながるコミュニケーション能力や人間力を磨く場を作ること
出会いがあっても、関係が続かなければ結婚には進まない。関係が続いても、生活設計ができなければ家族化に進みにくい。
だから「入口」と「継続」の両方を支える仕組みが必要です。
そして、それらを提供する側としては、常に中身を精査し続ける必要がある。
サービスの質はもちろん、自分自身の魅力や信頼性も含めて、「受け皿としての器」が問われると思っています。
「この人みたいになりたい」「この会社、いいな」そう思ってもらえる存在になれたとき、初めて人は前向きに
動く。
私自身、30歳で上京を決意したとき、心に決めたことがあります。「これからは自己中心ではなく、人を思って生きる」という一言です。
少子化のような社会的なテーマに向き合おうとするとき、その根っこにあるのは結局この感覚で、自分一人で完結するか、誰かの人生に関わろうとするかの違いだと感じています。
久田晃お願いする側でなく、選ばれる側でありたいと考えています。
現場から磨き続ける




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