
思考と哲学
「明日休みだ、やった!」と思う人が見直すべき、人生の目的の話
2026.06.17
「明日休みだ、やった!」という気持ちになる人はいないだろうか。
私はこれを聞いて、一度考えてほしいことがある。
「やった」という感情は、普段やっていることが「本当はやりたくない」「面白くない」「休みたい」という気持ちの裏返しだ。
本当にやりたいことをやっているなら、明日休みだと聞いてもやったとはならない。
久田晃目的がない人生は方向を失う
目的がない状態は、行き先を決めずに旅に出るようなものだ。
外に出ても、どの方向に歩けばいいか分からない。
目的地がないから、その場その場の感情で動くしかなくなる。
人間はすべての行動に目的がある。
電気をつけるために立ち上がるように、目的があるから動ける。
目的がないと動く理由がなくなる。
「もっとやりたいのに」と思えているか
私は今、休みと聞いても「やった」とはならない。
「たまにはゆっくりしようかな」「いつもより1時間多く筋トレしようかな」ぐらいの感覚だ。
なぜかと言えば、人生全体に目的があるからだ。
それを達成したい、成し遂げたい、そもそもやること自体が楽しい。
だから休みでも気持ちが変わらない。
- ● 休みを聞いて「もっとやりたいのに」と思える
- ● 休みを聞いて「やった!解放される!」と思う
どちらの感情になるかは、今の生き方を映す鏡だ。下を否定しているのではない。
ただ、上の感情になれる生き方を目指してほしいと思っている。
- ・自分は今、何のために動いているか?
- ・本当にやりたいことに向かって生きているか?
久田晃まとめ
「明日休みだ、やった」という感情に気づいたなら、それを一つのシグナルとして受け取ってほしい。
今の生き方に目的があるか。
本当にやりたいことに向かっているか。それを問い直すきっかけにしてみてほしい。
私自身、ふと「早く終わってほしい」と思う日が今もあります。
だからこそ、自分は何のためにこの時間を生きているのかを、その都度問い直すようにしています。
それでも動き続ける姿が伝われば、同じように迷いながら進む人の力になれるかもしれません。
大きな成果より、今日を自分の意思で生きられたかどうかが残ります。
久田晃「やった!」ではなく「もっとやりたい」と思える生き方を目指せ。
目的のある人生は、休みさえも楽しく感じる。
